s-日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何をみたのか


布施祐仁@yujinfuse さん。連ツイ!
Nスペ『自衛隊 変貌の30年』を観た。政治が日米同盟を最優先にして自衛隊の任務を次々と拡大する中、膨らむ憲法との矛盾を覆い隠すために現場の自衛官が負わされるリスクも隠されてきた。国民が自衛官のリスクを正しく理解しないまま任務が拡大されていくというのは、あってはならないことだと思う。
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「非戦闘地域」という条件でイラクに派遣された自衛隊だったが、実際には派遣先の地域でも戦闘は発生しており、現場をリアルに分析した自衛隊は隊員が戦死した場合の対処計画「R」を密かに策定し、遺体を収める棺も12箱準備していたという。これも政府も防衛省も公式には一切明らかにしていない。
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今日のNスペを見て、自衛隊の指揮官は、日米同盟を最優先にするという政府の基本方針の下で用いられる自衛隊と日本国民の負託を受けて活動する自衛隊という2つの側面の狭間で葛藤しているのだと改めて感じた。政治家やシビリアンの方が前者の方に割り切っている。しかし、基本に置くべきは後者だ。
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先日、統幕長を退任した河野克俊氏も、自衛隊は厳密なシビリアンコントロールのもと政治の判断に従わなければならないが、その裏には国民がいるということを忘れてはならないと強調していた。日米同盟強化は今の政府の強い意思だが、自衛隊には何よりも「日本国民のための自衛隊」であり続けてほしい。
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自衛隊が従わなければならない政治の判断の裏には国民がいる。これは事実だが、民意が政治の判断に正しく反映されるためには、日米同盟や自衛隊海外派遣のありのままの姿がリスクも含めて国民に正確に伝えられる必要がある。日本に決定的に不足しているのはこれだ。
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僕が、日米同盟や自衛隊海外派遣の取材や研究、検証をやっている動機もこれに尽きる。日本では、あまりにも、安全保障や軍事に関して「ありのままの姿」が国民に伝えられていなさ過ぎる。良い悪い以前に、正確な情報の提供がなければ、建設的な議論は生まれない。
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日米同盟と自衛隊海外派遣という2つのテーマで、議論の出発点となる「ありのままの姿」を伝えられるように現在取材と調査を進めています。NHKスペシャルのように政府や自衛隊の元高官にアクセスして証言をもらうのは難しいですが、ない知恵を絞りながら挑んでいます。情報提供、お待ちしています。


  何回も言うようで申し訳ないんですが、
  私、
  ひばりさんの番組は録画されたものを見てるし
  スポーツはネットで見れるし、
  見たいものは、ネットでなにもかも見れるからね。
     
  吉本芸人も一切見なくなったし、
  つまらない、下らない、退屈な番組も、
  民放は救い難いのかもしれませんし、
  誠実な作品でも、良心的な番組でも、
  NHKというだけで精神的に拒否反応を示してしまうんでw
  リアルにテレビ番組は見ないし、
  習慣的に、BGM代わりにテレビをつけてるってことも全くなくなって、
  それでも、どうってことはなく、
  
  そんな状況なんで、
  今回のNスペもリアルな放送は見てなくて、
  いやいや、そんな番組があったのかと思ったぐらいの鈍感さでwww

  ところが、
  「日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何をみたのか」  
  この本を読んでいましたので、
  この著者である布施祐仁さんのツイを偶然読んだんですね。

  う〜ん?
  これは動画で見てみようって思いました。
  

  で、。。。

  一点だけ、納得していない、納得出来るわけがない部分があって、
  それだけで、このエントリーを立てました。
     ▼
  「非戦闘地域」という条件でイラクに派遣された自衛隊だったが、
  実際には派遣先の地域でも戦闘は発生しており、
  現場をリアルに分析した自衛隊は、
  隊員が戦死した場合の対処計画「R」を密かに策定し、
  遺体を収める棺も12箱準備していたという。
  これも政府も防衛省も公式には一切明らかにしていない。
  =以上=


  先ず言っておきたいことは、
  布施祐仁さんが行われた「情報開示請求」で、
  日報問題は大きく動き出したということで、
  尊敬するジャーナリストのお一人だということは申し上げておきたい!  


  そこで、。。。

  布施さんも、
  公共アベチャンネルも、
  この戦闘で戦死者は出なかったとされるのでしょうか?
  
  よせやい!って思う。
  
  数多(一人ではなくって意味で)の戦死者が出たんだろうな、
  っと理解している私にとっては理解し難いことなんです、。。。
  (人ひとりの命を数で数えるのは失礼だと思うし、虚しいと思うのだけれど…)

  戦闘である以上、
  イザという場面になれば、
  相手に殺されるか、
  相手を殺すか、
  容易に想像はつくもんじゃないかしらっと、…。

  自衛隊員を、
  そんな場所に派遣してイイものかどうか?
  戦争不可とする良心を日本人は忘れてしまっているのかどうか?

  コイズミは、
  当時の秘書官に「戦車、戦闘機が戦っている地域を非戦闘地域と言うのは、
  なかなか法律的に難しいよな」
  なんてことを抜かしていたんだって!

  コイズミに対してと、
  コイズミを支持している人達に、
  猛烈な嫌悪感を感じたのを、今でもハッキリと覚えています。

  コイズミ政権と、
  コイズミが作ったアベ政権は瓜二つ!


  で、。。。
  この資料。




●NHK 2017年02月21日 (火) (資料)
「南スーダンPKO 自衛隊『日報』問題」(時論公論)
増田 剛 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/263592.html

南スーダンの国連平和維持活動=PKOに参加している自衛隊の活動記録、「日報」。防衛省が破棄したとしていた、この「日報」が、保管されていたことが明らかになり、国会論戦の焦点に浮上しています。この問題について考えます。

今回、問題になっている日報とは、南スーダンに派遣されている陸上自衛隊の施設部隊が、日々の活動状況を記録した文書のことです。問題の発端は、去年10月、ジャーナリストの男性が、部隊が2016年7月7日から12日までに作成した日報の開示請求を行ったことでした。防衛省は、日報を作成する現地部隊と報告先の国内の司令部を中心に文書を探しましたが、破棄されたことを確認したとして、12月初め、不開示とする決定をしました。ところが、この経緯を知った、閣僚経験のある自民党議員が、再調査を求めたことで事態が動きました。改めて探したところ、12月26日、日報の電子データが残っていたことがわかったのです。

しかし、防衛省の事務方、この場合は、統合幕僚監部で、自衛隊員ですが、この事実を、稲田大臣に直ちには報告しませんでした。データが残っていたことが大臣に報告されたのは、1か月後の1月27日。結局、防衛省が日報を公表したのは2月7日になってのことでした。菅官房長官は「あまりにも怠慢で、適切に対応していない。発見した第1報として、大臣に報告すべきで、厳重注意に値する」と述べました。

これが、日報の開示に至る経緯ですが、私は、ここに、二つの大きな問題があると考えます。ひとつは、自衛隊に対する文民統制が機能していたのかどうか。もうひとつは、防衛省は「隠ぺい」という疑いを否定できるのかどうかです。

まず、文民統制についてです。
なぜ、統合幕僚監部は、電子データの存在を確認してから1か月間も、大臣に報告しなかったのでしょうか。▽どの部分を黒塗りにして公表するかの調整に時間がかかったこと、▽年末年始の休暇をはさんでいたことを理由にしているようですが、大臣への説明の準備に1か月もかかったというのは、いくらなんでも遅すぎる印象を受けます。

文民である政治家=大臣が、自衛隊員を指揮監督し、自衛隊員は必要な情報を政治家である大臣に提供するという、文民統制の原則を理解しているのかと疑いたくもなります。また、このことの裏返しですが、「大臣は防衛省を統率できているのか」と、稲田大臣の指導力を疑問視する声もあがっています。一連の経過をみる限り、こうした声が出るのも仕方がないでしょう。省内の情報共有が不十分で、文書管理も極めてずさん。大臣と自衛隊の双方に猛省を促したいと思います。こうした事態がなぜ起きたのか。徹底した調査が必要で、再発防止策の策定も求められます。

もうひとつの問題は、防衛省が日報を「隠ぺい」したのではないかという疑いが出ていることです。
日報の開示請求が行われた去年10月から、防衛省が日報の破棄を確認し、不開示を決定した12月にかけての時期は、ちょうど国会で、南スーダンPKOに参加する自衛隊部隊の派遣延長の是非、安全保障関連法に基づく新任務「駆け付け警護」を付与すべきかどうかが、焦点となっていました。現地の治安状況の厳しさや、新任務の付与で、自衛隊員のリスクが高まる恐れが指摘されたのに対し、政府が「現地の治安情勢は落ち着いている」という答弁を繰り返していた時期です。ところが、問題の日報では、去年7月当時、首都ジュバでは、政府軍と反政府勢力の間で「戦闘が生起し」自衛隊宿営地の近くでも、激しい銃撃戦があったことが記載されています。

この日報が速やかに公開され、現地の厳しい治安情勢が明らかになっていれば、派遣延長や新任務付与の決定にも影響を与えていたかもしれません。野党側は「自衛隊派遣を継続するため、日報を破棄したことにしたのではないか。意図的な隠ぺいではないか」と追及を強めています。稲田大臣は先週末になって、日報は、5年前の部隊の派遣開始以来、すべて電子データとして保存していたことを明らかにしました。そもそも、自衛隊にとっても、海外派遣における貴重な体験を記した記録を破棄してしまうことは、プラスではないはずです。政府は「隠ぺいの意図はなかった」と説明しますが、苦しい弁明に追われている印象はぬぐえません。

日報に記載された「戦闘」という言葉についても、論戦が行われています。野党側が、日報の記述をもとに、「現地で『戦闘』があったことを認めるのか」と質すのに対し、稲田大臣は「戦闘という言葉が使われているのはその通りだが、法的意味における戦闘行為ではない。大規模な武力衝突はあったが、国際的な武力紛争の一環として行われる戦闘行為とは評価できない」という説明を続けています。非常にわかりにくい説明です。稲田大臣は、なぜ、このような答弁をするのでしょうか。

背景には、「国際紛争を解決する手段としての武力行使」を禁じる、憲法9条の存在があります。国際的な武力紛争の一環として行われる戦闘行為、政府が言うところの「法的な意味の戦闘行為」があることを認め、部隊がそれに巻き込まれる可能性を認めることは、9条が禁じる「海外での武力行使」につながり、部隊は、撤収を迫られます。稲田大臣からすれば、「法的な意味の戦闘行為はない」という姿勢を崩さないことが、自衛隊派遣を続けるための譲れない一線となっているのです。

これを踏まえて、国会審議を振り返りますと、稲田大臣は、ひとつ、気になる発言をしています。「答弁をする場合には、憲法9条上の問題になる言葉を使うべきでないので、武力衝突という言葉を使っている」。9条に抵触しないよう「戦闘」という言葉を「武力衝突」に置き換えていると受け取られかねない発言で、このような発言が認められれば、自衛隊を戦闘に巻き込まないための憲法9条の歯止めが、言葉の置き換えによって形骸化することにもなりかねません。

こうした稲田大臣の姿勢に、野党側は反発を強め、民進党、共産党、自由党、社民党の4党は、正確な情報を国民に伝えない大臣に、国の安全保障を委ねることはできないとして、稲田大臣の辞任を強く求めています。これに対し、安倍総理は、「稲田大臣は、安全保障政策を任せるに足ると信頼している」と述べ、辞任する必要はないとしています。

今回の問題が、図らずも、あぶりだしたのは、憲法9条のもとで、自衛隊の海外活動を広げることの難しさです。日本は、9条で自衛以外の武力行使が禁じられている自衛隊を海外に派遣するために、独自の法理論と法解釈を積み上げてきました。「法的な意味の戦闘行為」という概念も、自衛隊の活動が9条の枠内におさまるよう考え抜かれた、日本独自の、ガラス細工のような論理です。

ただ、これは、ガラス細工であるだけに、世界各地で頻発する武力紛争や、民族浄化といった厳しい現実を突き付けられると、粉々に砕けてしまうリスクをはらんでいます。
国連は、南スーダンの現状について、政府軍と反政府勢力の対立をきっかけに、各地で衝突が相次ぎ、国外に逃れた難民は150万人を超え、一部の地域では「飢饉」も起きているとしています。

南スーダンに派遣される自衛隊は、あくまで施設部隊であって、他国の軍隊のように、治安維持の任務を期待されているわけではありません。安倍総理自身も言うように、自衛隊が、安全を確保することが難しくなり、任務を満足に果たすことができる状況でなくなれば、憲法上の要請に基づいて撤収という選択肢を検討することも、排除すべきではないでしょう。日本政府の選択が、問われることになります。
(増田 剛 解説委員)


 公共アベチャンネルが、
 まだ、今よりは、ちょびっとだけでもマシだった頃の、
 「時論公論」。
 あの頃を思い出すのにはイイ資料かもしれません、…。




  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!
















(資料)



●【NHKスペシャル】「平成史スクープドキュメント 第7回 自衛隊 変貌の30年 〜幹部たちの告白〜」(資料)【2019.04.20】  (資料)
2019年4月20日(土) 午後9時00分〜9時49分
シリーズ「平成史スクープドキュメント」第7回は、この30年、その姿を大きく変えた自衛隊の秘史に迫る。東西冷戦終結とともに始まった平成は、民族紛争やテロが相次いだ一方で、日本周辺では朝鮮半島危機や中国の台頭が顕在化し、国際情勢の激変に見舞われた。その中で変化を迫られたのが「自衛隊」だった。任務が拡大してく中で自衛隊は、安全保障の現場の「最前線」で何を見たのか。
今回、NHKは自衛隊にとって大きな転機となった「朝鮮半島危機(平成6年〜)」「911同時多発テロ(平成13年)」「陸上自衛隊のイラク派遣(平成16年〜)」に関する未公開ファイルを新たに入手。そして、それに基づく独自取材から、変貌する自衛隊の知られざる舞台裏が明らかになってきた。
戦後、“専守防衛”を掲げて活動してきた自衛隊に、私たちは次の時代どのような役割は求めていけばよいのか、未公開ファイルをひもときながら展望していく。
番組HP:http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190420
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●2019年4月20日放送 21:00 - 21:50 NHK総合
NHKスペシャル
平成史 第7回「自衛隊 変貌の30年〜幹部たちの告白〜」
オープニング
オープニング映像。
第7回 自衛隊 変貌の30年 〜幹部たちの告白〜
平成の30年で、その姿を大きく変えた自衛隊。今回は、その内幕を語る膨大な証言と記録を入手。自衛隊変貌の分岐点に何があったのか。30年の知られざる歩みから未来を読み解く。

自衛隊 変貌の30年
平成の自衛隊 ”任務拡大”の30年

社会部防衛担当デスク・吉田好克記者は、取材を始めた20年前は海外派遣や米軍支援など自衛隊は任務を拡大していった時期と重なると振り返る。集団的自衛権の行使が可能になるなど自衛隊の活動を広げるための法整備も進んだという。今月1日に退任した自衛隊トップの統合幕僚長のスピーチを紹介した。

”半島危機”の衝撃 武器使用の時代へ
連戦が集結した1989年に始まった平成。日本が初めて国際情勢の変化に直面したのは、いわゆる朝鮮半島危機だった。北朝鮮が密かに核やミサイルを開発していたことが表面化し、朝鮮半島で米軍が軍事行動を起こす可能性が高まった。98年には、弾道ミサイルを発射した北朝鮮に対する警戒が急速に強まった。それは、自衛隊にとって抑止力として存在すればよかった時代から、実際に武器を使用する時代への転換を意味していた。

初の武器使用 緊迫の不審船事件
今回、海上自衛隊が初めて武器の使用を命じられた「能登半島沖不審船事件」の記録を入手。事件は、2隻の北朝鮮の不審船が日本の領海内に侵入したことから始まった。船には武装した工作員が乗っていることが疑われた。海上保安庁は威嚇射撃を行ったが、不審船は猛スピードで逃走し、海上保安庁の船を引き離したことから、対応できるのは共に追尾していた自衛隊の護衛艦だけとなった。記録を残した当時の海上幕僚長・山本安正氏は、防衛庁長官室で指揮にあたった緊迫の舞台裏を書き留めていた。不審船を停止させるため、史上初の海上警備行動が発令。初めての武器使用は不審船の周囲への警告射撃だった。山本氏は、自衛隊に対する国民の視線を強く意識していたという。警告射撃は12回行われたが、山本氏は最後まで船体に向けた実弾射撃を最後まで許可しなかった。

記録には、積極的な対応を求める防衛庁長官の発言も残されていた。当時、立入検査実施を強く主張したのは当時の防衛庁長官・野呂田芳成氏だった。野呂田氏は、海上警備行動が戦争につながるという世論がある一方、自衛隊が威嚇のみを行っているのを見た国民が「やっぱり国は守れない」と思うと、当時の判断について語った。この時、現場の指揮官として不審船の追跡にあたったのが、吉川榮治氏。当時、海上自衛隊は立入検査を具体的な任務として想定しておらず、防弾チョッキも用意していない中、立入検査に備えて集めた隊員の顔が忘れられないという。結局、不審船は北朝鮮へ逃走。立入検査も実施されることはなかった。事件後、海上自衛隊には一部の国民から厳しい声が届いた。自衛隊に強行な対応を求める声があることに、山本氏は戸惑ったという。

日米”一体化” 要求と極秘交渉
安全保障環境によって、その姿を変えた自衛隊。その背後で、常に大きく影響していたのは同盟国アメリカとの関係だった。91年の湾岸戦争で日本はトラウマを抱えた。部隊派遣を見送ったことで、アメリカから激しい非難を浴びたのだ。アメリカ軍は朝鮮半島で有事が発生した場合、直接支援するよう日本に強く求めるようになった。自衛隊とアメリカ軍との間で極秘の交渉も行われていた。その窓口になった陸上自衛隊の元幹部・山口昇氏が、取材に応じた。1999年には、アメリカの求めに応じ、同盟国への支援の方法を根本から変える周辺事態法が成立。日本が直接攻撃されていない場合でも、自衛隊はアメリカ軍の作戦に協力することが可能とされた。

アメリカ同時多発テロ 空母 ”護衛”の内実
同盟国の中枢が攻撃された2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。自衛隊は、テロとの戦いに乗り出すため、横須賀を緊急出港した空母キティホークの護衛を行った。キティホークが攻撃された場合、自衛隊が対処すれば集団的自衛権の行使にあたるとして、批判の声が挙がった。しかし、政府は警戒・監視活動だとしてあくまで護衛ではないと説明した。今回、作戦を中心になって進めた香田洋二氏が取材に応じた。香田氏は、アメリカ軍から直接依頼され、事実上の護衛を決断していた。この時、自衛隊幹部が最悪の事態として想定していたのは、9.11と同様のケースだった。当時の防衛事務次官・佐藤謙氏も、すぐに同意していたことを明かした。しかし、現場の自衛官にとって護衛は、武器使用も含む任務を意味し、かつては想定しなかった判断を迫られていた。一方、自衛官に支援を依頼したアメリカ軍の幹部のロバート・チャプリン氏が取材に応じた。自衛隊の行動が憲法で制約されることを知っていた元司令官は、海上自衛隊の行動を高く評価していた。それから14年後の2015年、安全保障関連法が成立し、アメリカ軍の艦艇などの防護は平時から可能とされた。

秘録 イラク派遣 ”非戦闘地域”と”戦死”
イラクが大量破壊兵器を保有しているとして戦争に踏み切ったアメリカ。日本は再び率先してアメリカへの支持を表明した。開戦から4か月後には特別に法律が作られ、復興支援のため自衛隊のイラク派遣が決まった。当時の官房長官・福田康夫氏は、他の主要国が協力的でない中で、アメリカの日本に対する期待が非常に高まっていたことを明かした。しかし、大規模戦闘が集結したとされたイラクではテロが頻発。戦闘地域への派遣は憲法に抵触するおそれがあるため、政府は自衛隊が行くのは非戦闘地域だと説明した。

部隊の派遣が正式に決まる前に準備のためにイラクに入った自衛隊員の日記を紹介。隊員はそこで、日本人が襲撃される事件に遭遇し、非戦闘地域という言葉とは裏腹に戦死への備えを迫られていく過程が記されていた。自衛隊は今後、非戦闘地域とされた場所で犠牲者が出ることに備えなければならないという矛盾に直面していた。今回、この隊員の報告の後に自衛隊内部でまとめられていた“R”と呼ばれる計画の内部資料を入手。自衛隊史上初めて、戦死を想定した詳細な計画を立てていたことが明らかになった。当時の陸上幕僚長の先崎一氏は、“R”の存在を初めて認めた。2004年7月からイラクで部隊を率いた田浦正人氏が当時の活動を記したメモには、宿営地への迫撃砲の弾着など現地の生々しい実態が残されていた。国が法律で非戦闘地域と定めた場所での任務。その説明と矛盾しない結果が求められると強く感じていたという。当時のイラク多国籍軍司令官のジョージ・ケーシー氏は、イラクで目にした自衛隊は紛れもなく軍事作戦を行う組織だったと語った。一人の犠牲も出さずに活動を終えた自衛隊だったが、田浦氏は危険な任務の内実が共有されていないのではないかと複雑な思いを抱き続けてきたという。

苛烈な海外派遣 遠ざけられた内実
2012年から派遣された南スーダンPKOでは、宿営地近くで大規模な武力衝突が起き、遺書を認めた隊員もいたほど、自衛隊は苛烈な任務を経験した。しかし、政府は法的な意味での戦闘行為はなかったと説明。さらに、現地の実態を記録した日報が隠蔽され、国民は意図的にその内実から遠ざけられた。この4月まで統合幕僚長を務めた。

変貌の30年 これからの自衛隊
この4月まで統合幕僚長を務めた吉田好克氏は、日報の隠蔽について「国民のみなさまにお詫びするしかない」、「隠蔽は根本的なダメージなる。このことは自衛隊員、自衛官は認識を新たにしてもらいたい」と語る。そして、「国民に顔の見える自衛隊であってほしい。国民の信頼を得るためには常に謙虚な姿勢、慢心しない」とも語った。

自衛隊 ”任務拡大”政治の責任
福田康夫氏は、“非戦闘地域”という表現について「かなり苦しい表現。法律として国会で議論するにはふさわしくない条項だったと思う」と振り返る。そして、法律が国会を通過した頃、皮肉にもテロ活動が活発になる状況になったという。福田氏は「我々の見通しが甘かったと言えばそうだったかもしれない」と語り、「憲法の枠は崩せるものではない」、「憲法を犯さないで、そしてどこまでできるかという、ぎりぎりの所をやってきた。そういう思い」と述べた。

平成の自衛隊 ”任務拡大”の30年
時代の変化にいち早く直面した海上自衛隊の広報室。海上自衛隊は去年末、公式ツイッターに韓国軍にレーダー照射されたP-1哨戒機の写真を投稿した。日本と韓国の対立が深まる中での投稿に対し、煽るようなコメントも少なくなかった。陸上自衛隊は各地で新たな任務に向けた訓練に取り組んでいる。その指揮にあたっているのは、田浦正人氏。専守防衛の原則は変わらぬ一方で、装備の拡充は続けられている。


  自衛隊員にはならぬことです!
  ご両親様から授かった大事な命。
  無駄にしてはなりません!
 
  自分達は戦闘地域に行くことはないって言う安全地帯に居る政治家が、
  他人様に戦闘地域に行って、
  場合によっては死んで来いって言う資格が何処にある。

  政治家が、
  他人様に言う前に、
  自分らが丸腰で,、spも付けないで行って来いよ!っと、
  私なら言うし、そう思うけどね!  
  



BuzzFeed News:南スーダン日報全文アップロード
【全文】自衛隊は南スーダンで「戦闘」していたのか。黒塗りの日報、公開します。
南スーダン派遣施設隊 日々報告.PDF(28ページ)


朝日新聞 陸自イラク「日報」 防衛省が公表した全文書
イラク日報435日分、防衛省公表 「戦闘」の記述複数

・イラク復興支援群の日報 370日分
・イラク復興業務支援隊の日報 26日分 
・イラク後送業務隊の日報 39日分


毎日新聞 イラク日報 防衛省が公開した報告書のPDF
防衛省:陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報
(435日分、1万4929ページ)重要部分PDF

<PDF>イラク復興支援群活動報告 2005年6月23日
<PDF>イラク復興支援群活動報告 2005年7月5日
<PDF>イラク復興支援群活動報告 2005年12月4日
<PDF>イラク復興支援群活動報告 2006年1月22日



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