s-20190114きりんさんと市原さん






2019.01.12 日本眠いい昔ばなし (最後のお仕事になりましたね!)





(朗読) 宮沢賢治 風の又三郎





(まんが日本昔ばなし) 風呂に入るお地蔵さん





「ごめんくださいませ、大沢家政婦紹介所から参りました。
ごめんくださいませぇーーーーー!」
ナン年も前からメモ帳に残しておいて、よーく見ていたんだよね…。



最近、ブログ書いてると目が疲れてね、
投稿した後、少し寝るんですね。
ぼや〜、っしながら起きると、
娘が、「市原悦子さんがお亡くなりになったんだって」
と、。。。。

体調を崩されていることも分っていましたし、
それでも、
また復活されるだろうと思っていたのですが、残念です。
名優が立て続けでお亡くなりになって行くのがね、なんとも言えずです。

昭和55年8月4日 
「東西娯楽館(”金曜娯楽館”の中で)」と言う番組で、
市原さんがひばりさんと対談された時があって。
市原さんがひばりさんの大ファンで、
カセットテープを持ち歩いて聴いてくださっているとかでした。

その中で、「どひゃー、すごいな」って思ったことがありました。

ひばりさんの質問。
「あんなにうまく朗読ができる方法はナニかありますか?」

市原さんの答え。
「例えば、風の気持ちを表すのなら自分が風になるんです。
自分が風になって、風の気持ちを朗読するんです…。」

鬼の声なら鬼になる。
木の気持ちを声にするなら木になる。

その人の立場、
そのモノの立場、に、立つことってことなんでしょうね。

なかなか、
風の立場になって朗読できることなんて出来ゃしませんけどね。
市原さんだから出来たことだと思いましたけどね。

朗読は、
アナウンサーなら、加賀美幸子さん一択で決まり。
俳優さんなら、江守徹、加藤武、橋爪功、寺田 農、小沢昭一。
幸田弘子、市原悦子、渡辺美佐子、奈良岡朋子、岸田今日子。
有馬稲子さんが朗読劇されてますけどイイよね。

うん!
小学生に国語を勉強させるなら、
「まんが日本昔ばなし」を教材にしろって思ってるの。
情操教育の一番のテキストだと思うものね。
常田富士男さんと、このお2人はベストだったと思いますね。
娘にも見させてやっていたし、…。









井上ひさし・原作
「雪やこんこん・湯の花劇場物語」。
書下ろし 昭和庶民伝第三部 雪はふるふる夜はふける 温泉劇場の楽屋裏 雪で足止め 旅劇団の 女座長の大芝居
この作品メチャメチャ面白かったですよ。
市原さんと、浅利香津代さんの掛け合いの間が絶品でね。
消滅寸前のドサ周り劇団=中村梅子一座の物語。

・中村梅子 (座長):市原悦子
・久米沢勝次 (苦心の頭取):草薙幸二郎
・立花庫之介 (湯の花劇場楽屋番):麦草平 (現・壤晴彦)
・秋月信夫 (芸熱心な二枚目の突ッころばし):池畑慎之介 (ピーター)
・明石金吾 (江戸前の気風のいい女形):小野武彦
・三条ひろみ (娘役):立原千穂
・光夫 (お囃子方):宮川雅彦
・お千代 (佐藤旅館の女中):古閑三惠
・佐藤和子 (女将):浅利香津代
※浅利さん、この劇で、「紀伊國屋演劇賞」を受賞なさいました。


NHKが録画放送していて、
ビデオで撮ったんだけど火事にあってだめにしてしまったんですが、
今、youtubeをみたら、「アッター!」んですよ。
奇跡だわ、。。。

ごらんになってくださいな。
市原さんと、浅利香津代さん
後日、いろんな役者さんがやっておられますが、
このお2人で無いとダメなんだわ、うん!
いかに素晴らしい女優さんか、よーく分っていただけると思います。

映画「スティング」を見てるような、
ドンデン返しの連続で、抱腹絶倒、。。。
そんなお芝居です




    当  ブ  ロ  グ  へ  の
    皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!








●リテラ 2019.01.13
追悼!市原悦子が生前語った安倍政権への怒り、反戦の思い…「戦争をなくすことも女優の大事な仕事」
https://lite-ra.com/2019/01/post-4488.html

 女優の市原悦子が12日、都内の病院で亡くなったことがわかった。82歳だった。市原といえば『まんが日本昔ばなし』の声優や、『家政婦は見た!』(テレビ朝日)などの作品が有名なことは言うまでもないが、30年以上にわたってライフワークとして力を入れていたことがある。

 戦争の記憶を後世に語り継ぐこと、戦争童話の朗読だ。市原の戦争をなくしたいという思いは、安倍政権にも向けられた。

 2014年には、集団的自衛権容認や原発政策など安倍政権の政策を厳しく批判したことがある。

「集団的自衛権を使うことが認められましたね。「自衛」とか「戦争の抑止力」とか信じられない」
「先の戦争で犠牲になった300万人の方々がどんな思いで死んでいったか。戦争によって人の心に何が起こったか。それを知れば、私たちがこの先どうすべきか見えてくると思います」

 市原が戦争童話の朗読をライフワークとしたり、メディア上で政権の方針に対して怒りをぶつけたりしたのはなぜか。

市原はエッセイ集『白髪のうた』(春秋社)のなかで、その思いをこう綴っている。

「戦争をなくすこと、世界の問題と関わることも、女優の大事な仕事」

 本サイトでは、2017年8月、市原の戦争体験、戦争反対の思い、安倍政権への怒りについて記事にしたことがある。以下に再録するので、あらためて市原の反戦の思いをご一読いただきたい。
(編集部)
*************
 戦後72年を迎えたこの夏。先日お伝えした仲代達矢や桂歌丸をはじめ、先の戦争を知る世代が減るのと呼応するように戦争の恐ろしさを国民がだんだんと忘れ始めている社会状況を危惧し、自らの戦争体験を語り残そうとする芸能人や文化人は多い。

 そんななか、『家政婦は見た!』(テレビ朝日)シリーズでおなじみの市原悦子も自身の戦争体験を語り話題となっている。

 それは、先月末に出版されたエッセイ集『白髪のうた』(春秋社)に記されている。1936年生まれの彼女は、空襲で危うく命を落としかける体験をしたという。

〈終戦の前の年、千葉市栄町(現在の千葉市中央区栄町)にあった生家のそばに爆弾が落ちたんです。家には庭に面して広い廊下がありました。

 家族でお昼ご飯を食べていたとき、「ダダダダーン」と爆音がして、ご飯のうえにうわっとほこりが積もったの。「何ごとだ!?」と居間を出たら、廊下がこなごなになったガラスの川でした。爆風でガラスが全部吹き飛んで、廊下に割れ散っていたんです。ほこりの積もったご飯とガラスの川、それが目に焼き付いています〉

 もしもこの爆弾が直撃していたら、確実に無事ではすまなかっただろう。事実、彼女の兄は爆弾が落ちた場所を見に行っているのだが、そこには空襲で犠牲になった人の遺体があったという。
〈夕方、兄が友達と、爆弾は家のそばの小学校に落ちたことを確かめてきました。爆風で近所の人が吹き飛ばされて、ばらばらになった。兄たちは、校舎の壁面に飛び散りへばりついた、その人の肉片を見たそうです。近所の人たちが「東京に落とす爆弾を試しに千葉に落としたんだ」と騒いでいました〉

 この空襲をきっかけに、市原の家族は同じ千葉県の四街道へ疎開する。空襲の恐怖からは逃れることができたものの、今度市原らを苦しめたのは飢えだった。慢性的な食料不足に苦しみ、素人ながら近所の農家に教わりながらトマトやきゅうりを栽培するも、それでも飢えは解消されない。最終的には口に入れられるものならなんでも、ザリガニすら食べるような生活を送ることになる。

 市原はその暮らしがつらいものであったと同時に、人間としての自分の礎をつくった体験でもあったと語る。『白髪のうた』ではこのように綴られている。

〈ひもじいことの辛さ、ものを大事にし、感謝する。自分のすることに責任感を持つ、すべての人間の原点になる情感を、そこで学んだ気がします。

 あの頃、今の自分ができたと思います。たくましいというか、案外へこたれないというか。自分のことは自分でする。自分にも周りの人にも世の中にも、あんまりガタガタしない。欲がなく、目の前にある仕事を丁寧にやるだけで満足する。その日食べられて、大事な友達が数人いて、楽しく身体を動かしていればいい、ちょうど「都合のいい」女が、その頃にでき上がりました〉

市原悦子が安倍政権に「『国民の命と財産を守る』と言っても空々しい」
 とはいえ、こんな体験は子どもたちの世代にさせてはならない。その思いから彼女は戦争の記憶を後世に語り継ぐことをライフワークとする。それが戦争童話の朗読だ。

 野坂昭如「凧になったお母さん」「年老いた雌狼と女の子の話」や、あまんきみこ「ちいちゃんのかげおくり」など、戦争によって弱い者、とくに子どもたちが犠牲になっていく物語を読む朗読会を定期的に行い、その活動はいまや30年以上継続したものになった。そんな戦争童話の朗読について、エッセイ集『ひとりごと』(春秋社)のなかでこのように振り返っている。

〈私の朗読は、死とか戦争とか暗い話が多いといわれるけれど、私自身の現在は、戦争を抜きにしては語れない。いつも言っているけれど、戦後の食糧難の時代に、いまの私がつくられたといってもいいほどに、あのころの生活が私の原点です〉

 だから、先の戦争で得たはずの反省を無きものにし、再びこの国を戦争ができる国にしようと企む安倍政権の野望は到底許すことのできるものではなかった。2014年の朝日新聞のインタビューでは、怒りをにじませながらこのように語っている。

「集団的自衛権を使うことが認められましたね。「自衛」とか「戦争の抑止力」とか信じられない。原発事故への対応もあやふやなまま、国は原発を輸出しようとしている。被爆者、水俣病患者を国は救済しましたか。「国民の命と財産を守る」と言っても空々しい。
 先の戦争で犠牲になった300万人の方々がどんな思いで死んでいったか。戦争によって人の心に何が起こったか。それを知れば、私たちがこの先どうすべきか見えてくると思います」

 市原が戦争童話の朗読をライフワークとしたり、メディア上で政権の方針に対して怒りをぶつけたりするのはなぜか。彼女はそれこそが女優の仕事であると確信しているからだ。『白髪のうた』ではこのように綴られている。

戦争を失くすこと、世界の問題と関わることが女優の仕事だと市原悦子は語った
〈貧困の中で栄養失調で死んでいく子どもたちや、戦争で自分の子どもを失った母親たちが嘆き悲しむ姿を見ると、胸がしめつけられる。ああいう人たちがいる間は幸せになれないよね。いたたまれないですよ。
 戦争がなければあの顔を見なくて済むでしょう。だから、黙ってないで、戦争をなくすこと、世界の問題と関わることも、女優の大事な仕事よ。「私の子どもは戦争にやりません!」って。
 理不尽なことで人は傷つく。歩道で自転車にぶつかるとか、地震に遭うとか、放射能で故郷を捨てさせられるとか……責任をどこへ持っていっていいかわからない、ひどい事故がたくさんある。一番気になるのはそのことですよ。私たち女優がもっとこういう理不尽なことに対して、モノを言えば少しは力になると思うの〉

 まさしくその通りだろう。彼女にはこれからも自らの貴重な体験を語り継いでいってほしいし、市原の掲げる〈女優の大事な仕事〉を引き継ぐ若い世代の役者がもっと現れてくれることを願ってやまない。
(新田 樹)


  女優の力量で見せる大衆演劇の世界のお芝居。
  「雪やこんこん・湯の花劇場物語」のお芝居と、
  双璧になると思うのが、
  渡辺美佐子・一人芝居 化粧だと思います。

  *「雪やこんこん・湯の花劇場物語」浅草公会堂で鑑賞しました。
  *「化粧」兵庫県尼崎市で鑑賞しました。
  お芝居はかなり見ているんですよ、わたしは。ふふふ)))


  で、。。。
  その渡辺美佐子さんの言葉。
  俳優座養成所第3期生だった女優、渡辺美佐子(86)
  「俳優座でたくさんの作品に出ていて、女優として素晴らしいと注目していた。
  舞台『アンドロマック』で共演したのが思い出。
  俳優は自分を通して何かを表現する。
  その人間を通してこういうことを訴えたいというのが、
  すごくはっきりしている女優だった」
  

  そして、
  野村昭子さんの言葉。
  「家政婦は見た!」などで共演した女優、野村昭子(92)
  「俳優座から一緒で、家が近かったこともあり、親しく付き合っていた。
  普段は明るく優しい人。
  理屈っぽくなく、仕事が好きで、誰よりも女優という仕事に向いていた。
  あの人の芝居を尊敬していたし、天才だと思っていた。
  ある時代をつくった人で、亡くなったのは本当に惜しいです」
  =以上=



  渡辺美佐子・俳優座養成所第3期生
  市原悦子・俳優座養成所6期生から俳優座座員に。(俳優座・1957年 - 1971年)
  渡辺さんが大先輩なんですね。
  渡辺さんは、養成所卒業後は劇団新人会に入団されましたのでね。

  ●一人芝居「化粧 二幕」千秋楽カーテンコールであいさつする渡辺美佐子さん 
  ●一人芝居「化粧 二幕」千秋楽カーテンコールであいさつする渡辺美佐子さん 
  ●4月9日に井上ひさしさんが亡くなられました。その直後の舞台がこれですね。

  「化粧」のファイナル公演
  劇場ロビーに井上ひさしさんから渡辺美佐子さんに贈られた色紙があった。
  書かれていた言葉が、
  「三百回は小娘で
  五百回目が花盛り
  七百回目で嫁に行き
  千回演じておかあさん」
  華の盛りに演じ終えた女優・渡辺美佐子さんには、
  イイ餞の言葉になったね、って思いますね、。。。   

  今時の女優さんには、
  渡辺さんや、市原さんの舞台のような気迫つーもんが無いもんね。
  初代・水谷八重子、杉村春子、山田五十鈴、のような大輪の華も無く。
  京マチ子さんは大阪の地で余生を送ってらっしゃるふうだし、
  お金出して見に行きたいって舞台が無い、全く無い、。。。。。

  そうよね、
  有馬稲子さんがライフワークにされていた舞台「はなれ瞽女おりん」
  今、その朗読劇をされていらっしゃるようなことをチラッと聞きましたが、
  渡辺美佐子さん、「化粧 二幕」の朗読劇、ありかもよ! 
  ウンと長生きしてもらいたい役者さんではあるね、。。。  

  余談が長くなった、。。。




  ●戦後71年の夏/市原悦子さん
  8,14しんぶん赤旗日曜版

  私は、NHKの元兵士の証言記録などのドキュメンタリー番組を録画し、
  くぎ付けになって見ています。戦争を体験した人の声は貴重です。
  戦争が始まると、いかに止められない流れになるか。人を狂わせるか。

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  80〜90代の元兵士の「いまだにうなされる」という言葉、
  助からない兵士を薬殺した元看護師の苦しみの顔。
  本当の戦争を知る人の話を聞くと、たたき起こされるように目が覚めます。

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  ぼんやりしていたら大変なことになります。関心のない人もまだまだ多い。
  もっといろんなところで、「憲法を守れ」という声がふつふつと湧いてほしい。
  みんなが声をあげれば変わっていくと思うんです。

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  飢えは痛切でした。口に入るものは何でも食べました。
  柿の木のてっぺんまで登り、むしゃぶりつき、
  下にいる妹や友達にも落としてあげました。
  もちろん全然足りません。
  セリ、ノビル、ザリガニと上手にとり、飢えをしのぎました。

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  俳優になり、戦争を描いた作品に参加する中で、
  私が食べ物をあさっていたあの時、沖縄、広島、長崎、アウシュビッツ…
  で、同じくらいの年の子どもが、
  戦火と飢えの中で死んでいたことを考えるようになりました。
  私はお百姓さんに助けられ、生きのびることができたけど。

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  声をあげれば弾圧され、命さえ奪われた時代に、
  身を張ってたたかった先輩がいたから今がある。
  自由と権利を求めてたたかった先輩たちに敬意を表し、
  「私たちもしっかりしましょうね」と呼びかけたいんです。

  ---------------------------------------------------------------------
  今、理不尽なことがいっぱいです。
  沖縄の人たちの気持ちを無視した米軍基地建設、
  福島の事故の後始末もできていないのに、
  原発再稼働。唯一の被爆国の果たすべきことを、しっかり考えなくてはと思います。

  =以上=


  渡辺美佐子さんも、
  どういうわけか、佐藤愛子さんも、
  これまたどういうわけか、冨士真奈美さんも、
  今まで政治的な発言をされてこなかった奈良岡朋子さんも、
  赤旗に出てらっしゃるようになり発言されるような時代になりました。

  マジ、日本の危機かもしれません。
  ここで踏ん張らないと!!!







家政婦は見た ED(主題歌・歌唱=市原悦子 "きっと倖せ")





まんが日本昔ばなしOP





【まんが日本昔話】初代ed 〜 にんげんっていいな〜



市原悦子さん、
ご逝去を悼み 謹んで哀悼の意を表します。
心安らかにお眠り下さい、。。。 




●NHK 2019年1月13日 18時42分
俳優の市原悦子さん死去 82歳
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190113/k10011776901000.html

多くの映画やテレビドラマに出演し、民放のテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」で、声優としても親しまれた俳優の市原悦子さんが、12日、心不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。82歳でした。

市原悦子さんは千葉県出身で、昭和32年に俳優座に入団し、舞台や映画を中心に優れた演技力を発揮しました。

昭和46年に俳優座を退団してからは活躍の場を広げ、民放のテレビドラマ「家政婦は見た!」の主役の家政婦役で人気を集めると、平成2年には、広島の原爆の被害を描いた映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞し、俳優としての地位を確かなものにしました。

また、平成8年に放送されたNHKの大河ドラマ「秀吉」で豊臣秀吉の母、大政所を演じるなど、数多くのテレビドラマに出演しました。

一方、昭和50年からおよそ20年間にわたって放送された民放のテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」では、愛きょうのある独特の声がお茶の間に親しまれました。

市原さんは2年余り前、自己免疫性脊髄炎と診断され、休養していましたが、去年3月にNHKの番組「おやすみ日本」の中の昔話の語り手として復帰し、先月にも入院先の病院で収録を行っていました。

所属事務所によりますと、市原さんは、12日午後1時半すぎ、心不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。
82歳でした。

市原さんの告別式は、今月18日に東京 港区の青山葬儀所で行われます。

竹中直人さん「深い愛を持った声 耳に深く残る」
市原さんは、NHKの大河ドラマ「秀吉」で豊臣秀吉の母、大政所を演じました。

豊臣秀吉の役を演じた俳優の竹中直人さんは、市原さんが亡くなったことについて、「大河ドラマで市原悦子さんとぼくは母と息子の関係でした。一年間共にひとつの作品を作れた事は今もぼくの宝物です。市原さんの深い愛を持った声の音色はあの頃のぼくに勇気と力を与えてくれました。そして今もぼくの耳に深く残っています…ご冥福をお祈りいたします」と事務所を通じてコメントしています。

中村敦夫さん「あの頃の熱い時間 昨日のことのよう」
市原さんと劇団の俳優座でともに過ごした俳優の中村敦夫さんは、「突然の訃報に衝撃を受けています。最近でこそ、お会いする機会が減っておりましたが、俳優座時代は、劇団の改革を求めて連帯し、集団脱退にまで突き進んだ同志でした。あの頃の熱い時間が昨日のことのように蘇ってきます。演技派NO1の大女優が、あっさり去ってしまうのは、悲しすぎて言葉になりません。心から御冥福をお祈り致します」とコメントしています。

東伸児監督「映画をご一緒させてもらったこと大切に」
市原さんが3年前に出演し、宮崎県で撮影された映画『しゃぼん玉』の東伸児監督は「本当に残念でなりません。市原さんは、上品で気さくで、スタッフや地元の皆さんとも気軽に話しながらも、どこか孤高の人でした。たぶん、僕らには見えてない景色を、市原さんは見てるんだろうなあ、と感じていました。それを一生懸命探るのが、僕の現場での日々でした。どんな芝居がでてくるのか、楽しみでもあり、怖くもありました。映画をご一緒させてもらったことを、大切にしていこうと思います。心よりお悔やみ申し上げます」とコメントしています。

新海誠監督「信じがたく とても残念」
市原さんは、人気アニメーション映画「君の名は。」で、ヒロインの祖母の声を演じていました。

新海誠監督は、市原さんが亡くなったことについて、ツイッターで「信じがたく、とても残念です。僕は『まんが日本昔ばなし』で育ちました。『君の名は。』の収録で初めて市原さんにお会いした瞬間、初めてセリフをいただけた時の感動、披露試写であたたかいお言葉を頂いた時、すべてつい昨日のようです」とコメントしています。

「日本のお母さんのような人」
市原さんが亡くなったことについて、東京 渋谷では悼む声が聞かれました。

東京に住む58歳の男性は「温かい、日本のお母さんのような人でした。本当に大事な人を亡くして残念ですが、みんなの心の中に残っていると思う」と話していました。

東京の84歳の女性は「親しみがある俳優で、市原さんが出るテレビは安心して見ていた。私より少し若い方で、私が生きている間は楽しませてもらいたかった。残念です」と話していました。

横浜市の51歳の女性は「市原さんが声を担当していた『まんが日本昔ばなし』がすごい大好きで、ドラマなどでもよく見ていました。人として重みがある人がどんどん亡くなっていくのがさみしく思います」と話していました。



 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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