●平和宣言【令和2年 (2020年)】
1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。

今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。

およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。

こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。

原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた。」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。」という当時13歳であった男性の訴え。
昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。

今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ。」、「人類の未来のための教訓だ。」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。

そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。

本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井 一實

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PEACE DECLARATION
On August 6, 1945, a single atomic bomb destroyed our city. Rumor at the time had it that “nothing will grow here for 75 years.” And yet, Hiroshima recovered, becoming a symbol of peace visited by millions from around the world.

Humanity struggles now against a new threat: the novel coronavirus. However, with what we have learned from the tragedies of the past, we should be able to overcome this threat.

When the 1918 flu pandemic attacked a century ago, it took tens of millions of lives and terrorized the world because nations fighting World War I were unable to meet the threat together. A subsequent upsurge in nationalism led to World War II and the atomic bombings.

We must never allow this painful past to repeat itself. Civil society must reject self-centered nationalism and unite against all threats.

The day after the atomic bombing, a young boy of 13 saw, “… victims lying in rows on the bridge. Many were injured. Many had breathed their last. Most were burned, their skin hanging off. Many were begging, ‘Water! Give me water!’” Long after that horrifying experience, the man asserts, “Fighting happens when people think only of themselves or their own countries.”

Last November, when Pope Francis visited our city, he left us with a powerful message: “To remember, to journey together, to protect. These are three moral imperatives.”

Ogata Sadako, as UN High Commissioner for Refugees, worked passionately to assist those in need. She spoke from experience when she said, “The important thing is to save the lives of those who are suffering. No country can live in peace alone. The world is connected.”

These messages urge us to unite against threats to humanity and avoid repeating our tragic past.

Hiroshima is what it is today because our predecessors cared about each other; they stood together through their ordeal. Visitors from other countries leave the Peace Memorial Museum with comments like, “Now we see this tragedy as our own,” and “This is a lesson for the future of humanity.” Hiroshima considers it our duty to build in civil society a consensus that the people of the world must unite to achieve nuclear weapons abolition and lasting world peace.

Turning to the United Nations, the Nuclear Non-Proliferation Treaty (NPT), which went into effect 50 years ago, and the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons (TPNW) adopted three years ago are both critical to eliminating nuclear weapons. They comprise a framework that we must pass on to future generations, yet their future is opaque. Now more than ever, world leaders must strengthen their determination to make this framework function effectively.

That is precisely why I urge them to visit Hiroshima and deepen their understanding of the atomic bombing. I further urge them to invest fully in the NPT Review Conference. They must negotiate in good faith toward nuclear disarmament, as stipulated by the NPT, and continue constructive dialogue toward a security system free from reliance on nuclear weapons.

To enhance its role as mediator between the nuclear-weapon and non-nuclear-weapon states, I ask the Japanese government to heed the appeal of the hibakusha that it sign and ratify, and become a party to the TPNW. As the only nation to suffer a nuclear attack, Japan must persuade the global public to unite with the spirit of Hiroshima. I further demand more generous assistance for the hibakusha, whose average age exceeds 83, and the many others whose daily lives are still plagued by suffering due to the harmful effects of radiation on their minds and bodies. And once more, I demand the political decision to expand the “black rain areas.”

At this Peace Memorial Ceremony marking 75 years since the bombing, we offer heartfelt prayers for the peaceful repose of the souls of the atomic bomb victims. Together with Nagasaki and likeminded people around the world, we pledge to do everything in our power to abolish nuclear weapons and open a path to genuine and lasting world peace.

August 6, 2020
MATSUI Kazumi
Mayor
The City of Hiroshima





●平和への誓い【令和2年 (2020年)】
「75年は草木も生えぬ。」と言われた広島の町。
75年が経った今、広島の町は、人々の活気に満ちあふれ、緑豊かな町になりました。

この町で、家族で笑い合い、友達と学校に行き、公園で遊ぶ。
気持ちよく明日を迎え、様々な人と会う。
当たり前の日常が広島の町には広がっています。

しかし、今年の春は違いました。
当たり前だと思っていた日常は、ウイルスの脅威によって奪われたのです。
当たり前の日常は、決して当たり前ではないことに気付かされました。
そして今、私たちはそれがどれほど幸せかを感じています。

75年前、一緒に笑い大切な人と過ごす日常が、奪われました。
昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分。
目がくらむまぶしい光。耳にこびりつく大きな音。
人間が人間の姿を失い、無惨に焼け死んでいく。
町を包む魚が腐ったような何とも言い難い悪臭。
血に染まった無惨な光景の広島を、原子爆弾はつくったのです。

「あのようなことは二度と起きてはならない。」 

広島の町を復興させた被爆者の力強い言葉は、私たちの心にずっと生き続けます。
人間の手によって作られた核兵器をなくすのに必要なのは、私たち人間の意思です。
私たちの未来に、核兵器は必要ありません。

私たちは、互いに認め合う優しい心をもち続けます。
私たちは、相手の思いに寄り添い、笑顔で暮らせる平和な未来を築きます。
被爆地広島で育つ私たちは、当時の人々があきらめずつないでくださった希望を未来へとつないでいきます。

令和2年(2020年)8月6日
こども代表 広島市立安北小学校  6年 長倉 菜摘
      広島市立矢野南小学校 6年 大森 駿佑

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Commitment to Peace
August 6, 2020

Hiroshima, where it was said that nothing green would grow for 75 years.
Now, 75 years later, the city is full of greenery and of people busy living their lives.

In this city, we laugh with our families, go to school with our friends, play in parks.
We wake up refreshed and see so many people throughout the day.
The simple joys of everyday life are everywhere in Hiroshima.

But not this spring.
Our normal way of life was stolen by a devastating new virus.
It made us realize that we must not take our way of life for granted.
Now we realize just how lucky we were to live our lives as normal.

75 years ago, everyday lives which were spent laughing with loved ones were stolen.
8:15 am on August 6, 1945.
There was a blinding flash of light; a great roaring sound that clawed at ears.
People didn’t look like people anymore, suffering terrible burns and dying.
A horrible, indescribable stench like rotting fish permeates the city,
Rendered into a blood-soaked, tragic sight by the atomic bomb.

“Never again.”
These are the powerful words of the hibakusha, who raised the city up from the ashes,
and they live on in our hearts.

To be rid of nuclear weapons made by human hands, we need human will.
Our future does not need nuclear weapons.
We will continue to hold in our hearts the kindness to recognize the value in others.
We will build a peaceful future where we consider the feelings of others and live joyfully in peace.
We, raised in the atomic bombed city of Hiroshima, will bring hope to the future;
the same hope that was passed to us by those who refused to give up in the wake of the bombing.

Children’s Representatives:
Nagakura Natsumi (6th grade, Hiroshima City Yasukita Elementary School)
Omori Shunsuke (6th grade, Hiroshima City Yano-Minami Elementary School)



  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! あ り が と う ご ざ い ま す!

















上・第一回広島平和音楽祭 1974年(昭和49年)放送
中・第十五回広島平和音楽祭 1988年(昭和63年)放送
下・美空ひばり- 八月五日の夜だった(「一本の鉛筆」のB面。原爆投下前夜の歌です)



  この音楽祭があった時、
  満身創痍の状況で、歩くのも困難を極めていたわけです。
  スタッフの皆さん達が、
  階段をやめてスロープにした方がいいのではないかと真剣に検討されたと言います。 

  勿論、司会の上条恒彦さんだって舞台裏はお分かりで、  
  泣きながらひばりさんのことを語っておいででしたね。

  でね、
  この歌は、ひばりさんが大事に大切にして来られた歌ですのでね。
  伝承(歌い継がれて)してくださる皆さん(プロ歌手含む)にお願いがあります。

  歌は心です。
  歌手生活42年、女王と謳われた歌手・美空ひばりさんの生涯を貫いた言葉です。

  下手でも音痴でも何でもいいんです。
  この歌だけはいい加減な気持ちで歌って欲しくないのです。
  ただ一点、心を込めて歌っていただきたいのです。

  んで、。。。

  この頃、透き通ったというか穏やかというか人生を達観してしまわれた感があってね。
  あんなにデコレーション(decoration)が似合う人だったのが、     
  白や、黒の衣装が似合ってしまうSimple is Bestな歌手になってしまわれた。
     
  それが、私には恐くてね。
  もう、二度とこの世でお会いできない日が来るんだろうなっと。
  もっと、デコレーション(decoration)でいいのに、
  マナジリ上げて闘っていた頃のひばりさんでいいのに!

  ま、。。。。。
  この思いは、お亡くなりになってから今日も持ち続けていますけどね。
  どうしょうもなく代えの効かない人だったから、
  本当に、寂しいものですね。

  ひばりさんの歌を政治利用する気は全くありません、
  してはいけないのだと思います。
  素直に、この歌を大事に大切にして謳ってこられた、
  ひばりさんの思いが、皆様方に届けばいいなって思うだけです。

  イデオロギー(独: Ideologie, 英: ideology) を越えて、
  ひばりさんの平和への思いが皆様方に届いて欲しいと思います、。。。





20140806なかにし礼

●なかにし礼
平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう


二〇一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された

この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された

つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである

こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない

かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく

そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう

ああ、若き友たちよ!

巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる

しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために

君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか

若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいてないからだ

世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの

平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ

平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない

たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ

卑怯者(ひきょうもの)? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?

弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか

怖(おそ)れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ

この世に生まれ出た時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない

生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない

だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう

泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!



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