s-20200405窓を開けよう男性

今晩は、お素麺を食べました。
野菜一杯のお素麺ですよ。
それとおにぎりとです。
水出し麦茶を飲みながら、。。。
(ホント水出し麦茶って意外や意外、美味しいものですね!)
最近、。。。
お野菜を食べることが多くなりました。
お肉ちょびっとだけ。
若い頃はよく食べていたのにね、年と共に食べなくなりました。
健康で年を取りたいものですが、どうなりますかwww
ではでは、。。。
前振りはオシマイ!







  いやー、
  アメリカはすごいなって、。。。

















  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! ち ょ び っ と 一 服 !









●【ストーリーズ】事件の涙「たどりついたバス停で〜ある女性ホームレスの死〜」 2021.05.01.
去年、東京・渋谷のバス停で男に殴られて死亡したホームレスの女性に大勢の女性たちが自身を重ね、声を上げている。事件が社会に問いかけるものとは何か、明らかにする。
去年11月、東京・渋谷区内のバス停で休んでいたホームレスの女性が男に殴られて命を落とした。当時、所持していた現金はわずか8円。生活苦の末に行き場を失い、事件に巻き込まれた。「彼女は私だ」、「彼女は社会に殺された」。いま大勢の女性たちが被害者にみずからを重ね、SNSなどを通して声を上げ始めている。事件が社会に問いかけるものとは何か。女性のたどった人生と女性たちへの取材から明らかにする。





  力作だと思いました。
  よくここまで辿れたものだと思ったのでした。
  それは記者の執念によるものだと感心したのです。

  勝気な女性だったんだと思います。
  勝気がわざをしてしまったんでしょう。
  人に頼りたくない。
  生活保護は受けたくない。

  所持金8円。
  明日からの生活はどうする気だったのか?

  でも、でも、でも、。。。
  「助けてください」
  その一言で状況は変わったんじゃないかって思えてなりません。
  人に甘えたっていいじゃないか。
  生きて行くのが絶対条件では無かったのですか、。。。

  殴り殺した男が悪い。
  こいつが一番悪い!!!

  でも、でも、でも、。。。
  「助けてください」
  その一言で状況は変わったんじゃないかって思えてなりません。  
  あんなところで一生を終えることも無かったんじゃないかと。

    







●おはよう日本 2020年12月16日(水) (資料)
女性の死が問いかけるもの 路上生活者の暴行死から1か月
https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/12/1216.html

東京・渋谷区で先月(11月)、路上生活をしていた64歳の女性が暴行されて亡くなる事件が起きました。早朝4時頃に、バス停のベンチで寝ていた女性は、近所に住む男にペットボトルと石が入った袋で殴られ、その後、死亡しました。逮捕された男は、「邪魔だった」「痛い思いをさせればいなくなると思った」と供述しているということです。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、仕事がなくバス停に身を寄せるようになった女性。亡くなった時の所持金は8円でした。
事件から1か月。彼女の死が何を問いかけているのか、取材しました

“彼女は私”コロナ禍で起きた暴行死の波紋

暴行されて亡くなった大林三佐子さんを追悼するため、今月(12月)渋谷区で集会が開かれました。参加者は、女性を中心におよそ170人に上りました。
「彼女は私だ」「生きる事はすべての人の権利」といったプラカードを掲げながら歩く参加者の中には、新型コロナウイルスの影響で経済的に困窮する人も多く、決してひと事ではないと訴える人が相次ぎました。

集会の参加者
「(大林さんは)自分だったかもしれない。とても人ごととは思えない。いともたやすくいままで続いていた生活が途切れてしまうんだな、と。」

なぜ路上生活に 大林さんの足跡

事件現場となったバス停は、夜でも少し明かりがついています。
そのベンチに座る、大林さんの姿が写真に残されていました。生活用品をスーツケースに詰めて持ち歩き、春頃から毎日、バスの運行が終わった深夜にこの場所を訪れて体を休めていたといいます。
どのようないきさつで路上で生活をするようになったのか。取材を進めると、大林さんはことし(2020年)の始めまで、首都圏各地のスーパーで短期契約の試食販売員として働いていたことが分かりました。

かつて職場で一緒だったという知人に、話を聞くことができました。
大林さんは人と話をすることが好きで、接客の仕事を楽しんでいたといいます。


大林さんの知人
「昔から販売の仕事しかしていないというふうにおっしゃっていたんです。試食販売の仕事をなさっている時には、生き生きしていらっしゃいましたよ。特に小さいお子様が来た時にうれしそうで、ケーキとかパンとかあるのですが、そういったものをお話しながら渡すのが好きだったのではないかと思います。」

大林さんはかつては都内のアパートに住んでいたことも分かりましたただ仕事が不安定なこともあり、家賃を滞納して部屋から出ざるを得なくなったといいます。
住む部屋を失ってからも、なんとか生活を立て直そうとしていたといいますが、ことしの春以降、仕事はほとんどなかったとみられています。

大林さんの知人
「本当に必死だったと思うんです。1日1日必死で、60歳をすぎた大林さんが毎日違う所に行って7時間半とか8時間半ずっと立ってお仕事をなさっていたんです。それがとても切ない。」

“声はかけられなかった”

事件現場の近くに暮らす住民の多くは、大林さんの存在を認識していました。ただ、本人が人目を避けるような様子だったこともあり、声をかける人はほとんどいませんでした。

近所で働く女性
「(大林さんは)こぎれいな感じにしていました。終バスが終わってから来て、バスが始まる時にはどっかに行かれるという。人様に迷惑をかけない時間帯にベンチにかけていた感じです。」

近所に住む男性
「こんなところで寝ていると危ないので、声をかけたいと何度も思ったんですけどでもわざわざ声をかけられなかったです。そこら辺に関してはみんなそうなんじゃないか。」

コロナ禍で相談増加 女性や若者の生活困窮者

いま、生活困窮者を支援する団体には、大林さんのような中高年の女性や若者からの相談が増えています。ぎりぎりで生活してきた人たちも、もはや限界にきているといいます。

NPO法人TENOHASI 清野賢司事務局長
「以前から十分困窮していた方が、新型コロナでね、いよいよ最終的に打撃を受けて。その方々の困窮の状態は改善しない。」

事件は“不寛容な空気”の象徴

周囲の人に見過ごされ、最後は「邪魔だ」として暴行された今回の事件。
路上生活者の支援に長年携わる専門家は、人と人との距離が離れ、社会に不寛容な空気が広がっていることのあらわれだと指摘します。

高千穂大学 木村正人教授
「いま、“社会的な距離”ということを言っていますけど、ふだん一緒にいる人とだけしか社会や人とのつながりを実感できなくなっていて、そこを守るのにきゅうきゅうとしてしまって、そこに立ち入る人があろうものなら追い出してしまう。社会が壊れてしまっている。」

亡くなった大林さんが生まれ育った広島を訪ねると、幼なじみの女性に会うことができました。大林さんとは地元を離れてからは会ってはいなかったという女性は、東京で元気に暮らしているものだとばかり思っていたといいます。

大林さんの幼なじみ
「もうちょっと本当に信じられなくて。三佐子ちゃんも自分のお姉ちゃんみたいな感じで、特に私はお姉ちゃんいないからもう大好きだったから。やっぱり生きたかったと思いますよ。本当に残念です。」

人とのつながりが薄れる中で、命を奪われた大林さん事件は、余裕がなくなったいまの時代でも他人に思いを寄せることができるのか、問いかけているようです。

仕事や生活、学校などさまざまな不安が積み重なるいま、自分のことで精いっぱいという人は少なくないと思います。「声をかけられなかった」と話していた方の気持ちも、正直分からなくないと感じます。
一方で、多くの人がこの事件をひと事と思えないと感じる意味は何かを考えた時、つながることや関わることをためらう社会、不寛容な空気、それらがこのまま定着することだけは、何としても避けなければならないと感じました。
取材:徳田隼一(社会部)、五十嵐哲郎(おはよう日本)



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