s-20200927怒った!


月刊カドカワ 1991/9/1 その1
月刊カドカワ 1991/9/1 その2
月刊カドカワ 1991/9/1 その3
月刊カドカワ 1991/9/1 その4
月刊カドカワ 1991/9/1 その5
トンデモな男・小山田圭吾に関して、
ガーディアンは組織委員会が「不問」としたことを書いてるわけです。
これでいいのか!?
イイわけないよね!!
それと、。。。
トンデモな男・小山田圭吾に関して、
こいつの言い分を書いた媒体に言いたいこと。
よくも平気でこんなクソ記事が書けたなって。
逆に、おまえこんなことしてたらダメじゃないかと諭してやる立場の人間が、
一緒になって障がい者虐待をして、今、どういう気持ちだ!
私はこれだけは言いたいと思うことを最初に書いておきます。
  ▼
これが真摯に謝罪したと言えるのでしょうか?
謝罪する気があるなら謝罪文は謝罪文だけで伝わるはずなんです!
奇麗ごとばかり並べやがって、
こんなもの、謝罪文とは認められないでしょうが!
第一、謝罪する気が無かったんでしょう今までずーっと。
それがなぜ?
謝罪する格好だけでも見せる気になったろう???
実はこう言うことでしょう!
さる方がツイに書かれた言葉!!!
  ▼
「私が傷付けてしまったご本人に対しましては、
大変今更ではありますが、連絡を取れる手段を探し、
受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております」
(記事から引用)

加害者はいつもこうだ。
自分の身に害が及んで初めて
「謝りたい」などと言う。



👆この言葉こそ私が一番イイたいことです。
そう言うことだよね。
卑怯極まりない男だって思いました!
  ▼
イジメた加害者は罪を忘れるが
イジメられた被害者は一生忘れないぞ!
❖そうだよね、
 ホントそうだよね。 

彼のやったことはイジメではなくて虐待だと思いました。
あまりにも酷すぎて、
この方がパラリンピックに関与することにとてもじゃないが賛同できません!

「謝罪」なんかに成ってないって思いました。
謝罪なら謝罪の言葉だけでイイと思いますが、
後でウダウダと追加文章が付くようなものは、
「謝罪」ではなくお笑い草だと思いました。
https://twitter.com/jucnag/status/1416324902634745860


📌小山田圭吾氏の過去記事、
書き手もいじめを「エンターテイメント」として消費しているし、
小山田氏の言葉にも障害者差別と民族差別が入り混じっている。
このまま「今」の言葉で何も語らず五輪突入なのだろうか。
いじめって、人が死ぬことだってあるんだよ。

📌「こんなおいしい話、辞退するわきゃねーだろ!
謝罪のポーズしときゃいーんだろ!虐めた相手に謝罪しねーよ!
反省してねえし!開幕まで時間稼ぎして辞めねーよ!ばーか!」
ということですね。胸糞
【小山田圭吾氏辞職せず「本来なら辞退すべきだったかも」】

📌辞めない小山田も、それを黙認してる組織委も、
障害者へのリスペクトなど微塵も無い事がよく分かった。

📌この件に関して「いじめ」という語を使うべきではない。
刑法に抵触するものは犯罪(触法・虞犯)として扱ったほうがいい。
そして、英語が得意な方はこれを世界に向けて発信してほしい。
日本の恥ではあるが、隠蔽はだめ。
小山田圭吾の辞職を求めます

📌今回の五輪は辞めた人が何人いるのかわからないくらい最初から人選がおかしい。
そもそも才能あるミュージシャンは他にいくらでもいるのに、
傷ありで叩かれる可能性のある人を敢えて選んでいる感覚がわからない。
きっとこの五輪には想像力がないのだろう。
だからパンデミック下でも強行する。

📌「起用した大会組織委員会の判断に対しても疑問の声が上がっていたが、
組織委は本人の謝罪を持って幕引きとした」
この一件でもこの五輪と組織委員会の低質ぶりがわかるというもの。

📌もう一度言うが、
こうなることはわかっていながら他の多くの有能な音楽家を差し置いて敢えて
彼を採用した組織委員会の想像力のなさと、
誠実に向き合うことへの鈍感さが招いた事態だ。
商業主義と不条理な世界にどっぷりと浸かり過ぎて、
感覚がマヒしているのではないか。

📌ハリウッドじゃ性的暴行をしたワインスタイン、ケヴィン・スペイシーは刑に服し、
業界に居られなくなり、
現在疑惑のあるアーミー・ハマーやアンセル・エルゴートも追及され降板などしている。
過去のものであろうと社会が性的虐待を容認しないからだ。
日本はどうなのか、容認するのか。

📌ガーディアンでも伝えられています。
小山田圭吾が障碍者をいじめていたことも、
武藤が彼を擁護してチームに残そうとしていることも、
そしてなによりも、
今までも森喜朗や佐々木宏が差別的な言動で辞めたことに続いて、
今回もまた起きたのだということも。


小山田圭吾のイジメに関する一連のあれこれを何故か全く見逃していて、今初めて詳細を知ったのだが想像を絶する酷さだった。少年期のイジメ自体も問題だが、何より成人後にそれを語る時の全てが最悪。この件をスルーしたままでこの人にオリパラに関わらせるなんてあり得ない。

小中高当時のイジメ行為自体も気分が悪くて読み進められないレベルなんだが、何よりもそれについて語る本人の様子と発言内容とそれを面白がりもてはやしたり助長したりする感じの雑誌編集部やライターがほんとにあり得ないくらい酷くて愕然とした。当時としても許されないレベルだったはず。

小山田圭吾 の件、案の定「謝罪してるのだし」とか「大昔のことをいつまでも粘着しなくても」とか「作品と作者は別物」とか言う人たちがわらわら湧いてきたけど、まずこの件について小山田氏は今回の炎上まで何十年もの間全く謝罪はしていない。従っていくら大昔のことでも解決していない事件である。

また大昔のことであって、仮に一定の解決に至っていたとしても永遠に許してはならないこと、忘れてはならず、問題提起し続けなければならないことというのは存在する(例:ナチスのユダヤ人迫害、原爆投下等の戦時下における残虐行為や本邦における過去から現在のものを含むあらゆる人種差別、障害者差別、性差別等)し、

小山田氏の言動はそれに相当するものだ。無論、作品と作者は別個のものとして捉えなければならないし、作者の問題行動等によってその作品が市場から排除されるようなことがあってはならない。だが、オリパラの楽曲を担当するというのはそれとは全く違う次元の話で、

多様性と調和を推進するというオリンピック、そして障害者スポーツの最高峰であるパラリンピックという場で、日本中どころか世界中の人が聞く楽曲を提供する人がどんな人間であるのかというのはやはり避けては通れない話だろう。今回の小山田氏の場合はダイレクトに差別意識の問題だし。

そもそも、#小山田圭吾 どうこう以前にオリンピック自体中止すべきだと思うんですけどね。コロナの問題が第一だけど、考えてみたらIOCもJOCも差別主義者だし、開会式に関わるクリエィティブディレクターもミュージシャンも差別主義者だし。差別と感染症の祭典かよって感じ。








  小山田は、学生時代のいじめを告白。
  「ロッキング・オン・ジャパン」95年1月号では
  ここでは再録できぬほど下品下劣な発言をしており、
  掲載するほうも掲載するほうというくらい問題外!
  ❖ホント論外です。
   こいつは人間のクズです!


  んで、。。。

  随分と以前に、
  このブログで書いたことがあります。
  小学校一年から六年まで、
  私の隣の机に居た●●君という「障碍」を持った子が居たんです。
  よだれが頻繁に出るからいつもハンカチで受けて拭いていたんだよね。
  歩くのも大変そうだったし、
  勿論、喋ることも大変そうだったのです。
  が、
  どういうわけか私を気に入ってくれたようで、。。。
  あれよ、
  急いで喋ることはないよ、
  ゆっくり喋ったらクラスのみんなに分かるからって言ってから、
  ゆっくり喋るようになったの。
  時間はかかるけれど伝わるんだから!
  そうこうしてて、
  ●●君から年賀状が届きました。

  毎年、
  横書きだったけどね。
  線が引いてあって、そこに年賀の挨拶が書かれていました。
  そして、線だけじゃないんですよ、
  字も定規をあてて書いてるなって直ぐ分かったんですね。
  字が直角になるからね。
  定規では丸い字が書けないって分かるからね。

  何故横書きにしたのか?
  きっと縦書きよりも字が乱れないだろうと思ったんだろうね。
  横線を引いてあったのも同じ理由だったと思います。  
  
  定規を当てて書かれてあった字も、
  少しでも読みやすくって思ったからだろうなって。
  それほどまで気を使って書いてくれた年賀状は、
  私の宝物だと思いました。

  誠意って、 
  小学生であった私にでも伝わるんですよ。 
   
  で、。。。
  中学生に成って、
  私は進学校に行って、
  彼は、養護学校に行って、
  ほどなくして亡くなったって連絡が来ました。

  彼にとって、
  なんのための人生だったんだろうなって、
  強烈に思ったものでした、。。。
  
  時は流れて、。。。

  これも、随分以前に書きましたが、
  養護学校の教師(教諭)になろうか迷っていた友人がいて、
  余程悩んだんでしょうね。
  ある日、電話がかかってきて、  
  世が白々と明ける頃まで話したことがあった。
  あの電話は、10時間以上喋っていたかなぁ、
  私の電話最長不倒記録になってるわ。

  でね、
  ●●君、君はどうしたいの。
  養護学校の教師(教諭)になりたいの?どうなの?
  って聞いたの。
  
  僕はなりたいのだけれど、
  ご両親だとかご親族の方々の反対にあっていると。
  
  だったら、  
  養護学校の教師(教諭)になれる勉強だとか採用される努力だとかした方が
  いいんじゃないのって言っちゃったのよ。 
  ●●君、今ここで初志貫徹しないと一生後悔するよって伝えました。
  それで吹っ切れたようで明るい声になったからね、
  良かったなって思いながら電話を切りました。


  そして、。。。

  養護学校の教師(教諭)になって、
  生徒さん達から送られてきた年賀状を見せてもらったの。
  蘇って来ましたよ、小学生の頃の●●君のことが。
  
  彼に言ったの。
  こういう賀状を貰えるって教師(教諭)の勲章だと思うって。
  それで、嫁さんと一緒にニコニコしててね。

  私も知ってる娘さんでね、いいご縁があったんだなって喜んだの。
  で、世間って狭いなって思ったのでしたw
  結婚式はしないって言うから、
  写真だけでも撮りなさいよって言って、
  仲間うちの少人数で会費制のパーティをやったのよ。
  「アンタねぇ、嫁さんの気持ちも分からないってダメよー!」 
  って叱り飛ばしたんだけどね、。。。 
  仲良くやってくれればいいよね、うん!

  で、。。。
  彼は職務を全うして定年退職された。
  「我が人生に悔いなし」でしょう、きっとね!!!    


  で、
  私が、今、思うこと、。。。
  少なくとも、
  小山田圭吾のようなクズにならなくて良かったなって気持ちは、
  今、猛烈にある❗❗❗




  当  ブ  ロ  グ  へ  の
  皆 様 の ご 支 援 に 感 謝 致 し ま す! ち ょ び っ と 一 服 !









●Japan Subculture Research Center
(日本サブカルチャー研究センター)2021年7月17日
Tokyo 2020 Olympic Composer Tortured Disabled Children; Japan Says To The World, “Eat shit, no problem”
by Jake Adelstein and Chihiro Kai
http://www.japansubculture.com/japans-olympic-composer-tortured-disabled-children-and-the-olympic-committee-says-to-the-world-eat-shit-no-problem/

2020年東京オリンピックの作曲家が障害児を拷問、日本は世界に向けて「糞を食べても問題ない」と発信

The Tokyo 2020 Olympics and Paralympics are turning into a coronavirus spreading festival of bullies. Despite allegedly having a theme of harmony and diversity, the Olympics appear more and more to be symbolic of cruelty and callousness. The latest case in point: this week, composer Keigo Oyamada, 52, who is the composer for the opening and closing ceremonies was revealed to have brutally tortured and bullied special needs students through elementary to high school. He said on record to two separate magazines in the 90s that he forced his victims to eat feces and masturbate in public. He ridiculed them, beat them, and egged on other accomplices. His gleeful retelling of these hate crimes resurfaced a day after his role in the Olympics was announced.
2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、コロナウイルスが蔓延するイジメの祭典になりつつある。調和と多様性をテーマにしていると言われていますが、オリンピックはますます残酷さと冷酷さの象徴に見えてきます。最近の例では、今週、開会式と閉会式の作曲者である小山田圭吾氏(52)が、小学校から高校まで、特別支援学校の生徒を残酷に拷問し、いじめていたことが明らかになった。小山田氏は、90年代に2つの雑誌の取材に応じ、「人前で排泄物を食べさせたり、自慰行為をさせたりした」と語っています。彼は被害者を嘲笑し、殴り、他の共犯者を煽りました。このようなヘイトクライムを嬉々として語る彼の姿が、オリンピックへの参加が発表された翌日に再浮上したのです。

He issued an apology on Friday (July 16). He won’t step down and the Tokyo Olympic Committee issued a statement late in the evening the same day that they won’t fire him.
7月16日(金)に謝罪文を発表しました。彼は退任せず、東京オリンピック委員会は同日夜遅くに彼を解雇しないという声明を発表しました。

However, as we have already seen in the long history of Tokyo Olympic debacles, when the tone-deaf organizers finally hear the voices of dissent, they will probably eat their previous words, but unlike Oyamada’s victims—they won’t literally have to eat shit.
しかし、東京オリンピックの長い失敗の歴史の中ですでに見てきたように、音痴の組織委員会がようやく反対意見の声を聞いたときには、おそらく前言を翻すことになるだろう。しかし、小山田氏の犠牲者とは違って、文字通りクソを食う必要はないだろう。

“I’d strip (one disabled kid) naked and roll him up in cords and make (him) masturbate. I made him eat shit and then performed a belly- to-back-drop wrestling move on him.”
“小山田氏は、「(ある障害児を)裸にして、紐で巻いて自慰行為をさせた。糞を食べさせた後、腹から背中に落とすプロレス技(バックドロップ)を披露した。"

That’s too bad.
それは残念ですね。

The Tokyo 2020 Olympics Organizing Committee announced on July 14 that musician and composer, Keigo Oyamada, would be overseeing music at the Tokyo opening ceremony. He is a world-famous musician, also known by his moniker, Cornelius. However, it didn’t take long for his ugly past to emerge, and the hashtag “Boasting About Bullying” began to trend the next day, racking up over 10,000 retweets. The original tweet cited two interviews in the past in which he appeared to be proud of his younger years as a bully. The interviews appeared in the January 1994 issue of music magazine, Rockin’ On Japan, and the March 1995 issue of subculture magazine, Quick Japan.
2020年東京オリンピック組織委員会は7月14日、音楽家・作曲家の小山田圭吾氏が東京開会式の音楽を統括することを発表しました。彼は、コーネリアスという愛称でも知られる世界的に有名な音楽家です。しかし、彼の醜い過去が明らかになるのに時間はかからず、翌日には「いじめ自慢」というハッシュタグがトレンド入りし、1万件以上のリツイートを記録しました。このツイートは、過去に行われた2つのインタビューを引用したもので、その中で彼は若い頃のいじめを自慢しているように見えました。このインタビューは、音楽雑誌「ロッキンオンジャパン」1994年1月号と、サブカルチャー雑誌「クイックジャパン」1995年3月号に掲載されたものです。

In the interviews, Oyamada confessed to bullying classmates from a nearby special needs school from elementary school all the way through high school. In Rockin’ On Japan, he describes what he did as follows: “I’d strip (one guy) naked and roll him up in cords and make (him) masturbate. I made him eat shit and then performed a belly- to-back-drop wrestling move on him.” In the interview with Quick Japan, he admitted that he also made gleefully fun of kids with Down’s Syndrome attending a nearby school. He alluded to spurring others to bully the special needs children, “providing ideas”. Also, in another interview he seems to have admitted to what could be construed as attempted murder*, “Remember that case where kids rolled up another kid in a mattress and killed him? We did that sort of thing (to the special needs kid) and stuffed them in the vaulting horse…”
小山田はインタビューの中で、近隣の特別支援学校の同級生を小学校から高校までずっといじめていたことを告白しています。ロッキング・オン・ジャパン』では、その内容を次のように語っている。「ひとりの男を裸にしてコードで巻き、オナニーをさせた。糞を食わせた後、腹から背中に落とすプロレス技を披露した」。クイック・ジャパンのインタビューでは、近くの学校に通うダウン症の子供たちを嬉しそうにからかったことも認めています。彼は、「アイデアを提供する」という理由で、他の人が特別支援学級の子供たちをいじめることに拍車をかけたことを示唆しました。また、別のインタビューでは、殺人未遂ともとれる行為を認めているようです*。「子供たちが他の子供をマットレスで巻き込んで殺した事件を覚えているか?そういうことを(特別支援学校の子供に)やって、跳ね馬に詰め込んだんだ......」

*A boy died in Japan Jan. 13, 1993, after being rolled up in a mattress in the school gymnasium’s storeroom by bullies. The mattress was placed vertically in the storage area and he was placed in it upside down; he died of asphyxiation and/or suffocation.
*日本では1993年1月13日、少年が学校の体育館の倉庫でいじめっ子たちにマットレスに巻かれて死亡した。マットレスは倉庫に縦に置かれており、その中に逆さまに入れられたため、窒息死した。

One of the magazines followed up Oyamada’s interview by contacting the family of his victims, who told the reporter that the bullying had nearly driven their son to suicide.
ある雑誌では、小山田氏のインタビューを受けた後、被害者の家族に連絡を取り、その家族が記者に「いじめで息子が自殺しそうになった」と語ったという。

Here is the truth. Oyamada has confessed to committing sexual assault, assault, forcible indecency, public indecency, and attempted murder.
ここに真実がある。小山田は、性的暴行、傷害、強制わいせつ、公然わいせつ、殺人未遂の罪を告白している。

The actions Oyamada took would normally be crimes in Japan, but the statute of limitations has long passed.
小山田が行った行為は、日本では通常犯罪となるが、時効はとっくに成立している。

In a statement released to the press Friday (July 16), the composer admitted that he did not show any regret when he spoke to the magazines years ago and he deserved the criticism he was receiving. He said that he would not step down and implied would atone for his past by contributing to the Olympics.
7月16日(金)に報道機関に発表した声明の中で、作曲家は、数年前に雑誌に語った時には後悔の念を示しておらず、批判を受けるのも当然だと認めました。辞任はせず、オリンピックに貢献することで過去の償いをすると暗に述べています。

Ironically, the unifying concept of Tokyo 2020’s opening and closing ceremonies are “Moving Forward,” something the formerly respected musician must be praying for. The theme of the opening ceremony, which he is responsible for, is “United by Emotion.” The overarching disgust of the Japanese public at his criminal past has achieved exactly what the Olympic and Paralympic committee wanted. The entire country is united by repulsion.
皮肉なことに、東京2020の開会式と閉会式の統一コンセプトは「Moving Forward」であり、かつて尊敬されていた音楽家はそれを祈っているに違いない。彼が担当する開会式のテーマは "United by Emotion "です。彼の犯罪歴に対する日本国民の嫌悪感が全面に出たことで、オリンピック・パラリンピック委員会の思惑通りになりました。日本中が反感で一つになったのです。

“I am deeply sorry for how my words and actions hurt my classmates and their parents. I regret and take responsibility for taking the role of an antagonizer rather than a friend during my school years, a time that should be filled with fond memories,” Oyamada wrote in his Twitter apology essay on July 16.
「私の言動が同級生やそのご両親を傷つけたことを深くお詫びいたします。思い出深いはずの学生時代に、友人ではなく反感を買う役割を担ってしまったことを反省し、責任をとります」と、小山田は7月16日のツイッターの謝罪文に書いている。
(おまえ、どんな責任を取るかみてるからな!)


However, in his sincere apologies to the world, and to the victims he traumatized, the singer clarified that not every heinous act recorded in the interviews were factually accurate.
しかし、世界に向けて、そして心に傷を負った被害者に向けての真摯な謝罪の中で、インタビューに記録された凶悪な行為のすべてが事実通りではなかったことを明らかにしています。

“Regarding the contents of the article, as I was not able to confirm the final draft before it was published, there are many parts that deviate from the truth. However, there is no doubt that my classmates were hurt by my words and conduct. Therefore, I felt personally responsible, and chose at the time to not point out any mistakes or exaggerations in the story,” he defended himself in his Twitter post.
「記事の内容については、掲載前に最終稿を確認できなかったため、事実と異なる部分が多々あります。しかし、私の言動によってクラスメートが傷ついたことは間違いありません。そのため、個人的な責任を感じ、当時は記事の誤りや誇張を指摘しないことにしました」とTwitterで自己弁護している。

Perhaps the first magazine article published in 1994, followed up by a 22 page Odyssey retelling of his psychotic escapades in 1995, contained some factual errors that made it to copy. Instead of forcing a fellow student with a disability to eat feces, maybe he presented it to them on a clean plate with napkins.
おそらく、1994年に掲載された最初の雑誌記事と、1995年に22ページのオデッセイに掲載された彼の精神的な逃避行を再現した記事には、コピーになってしまった事実上の誤りがあったのでしょう。また、障害のある仲間に糞を食べさせるのではなく、ナプキンを入れたきれいな皿の上で糞を提示したのかもしれません。

What Oyamada did not do in his lengthy apology was resign as an Olympic and Paralympic ceremony composer.
小山田は、長々とした謝罪文の中で、オリンピック・パラリンピックの式典の作曲家を辞めるということをしませんでした。


“In hindsight, I should have declined the position offer considering some people would be displeased by my participation for various reasons. However, in these difficult times with its numerous challenges, I consulted the creators of the opening ceremonies who were making strenuous efforts to build the best event possible. After much thought, I chose to accept the job out of a hope that my music would bring some good to the ceremony,” the singer explained his noble self-sacrifice.
「今にして思えば、さまざまな理由で私が参加することを不愉快に思う人がいることを考えれば、オファーを断るべきでした。しかし、様々な課題を抱えるこの時代に、最高のイベントを作るために努力している開会式のクリエーターたちに相談しました。考えた末、私の音楽が式典に良い影響を与えることを期待して、この仕事を引き受けることにしました」と、その尊い自己犠牲の精神を語っています。

“In addition, I have invested considerable effort into this musical project,” he continued. Whether the Paralympians competing in this year’s games will be so forgiving is not certain.
「また、この音楽プロジェクトにはかなりの労力を費やしています。」今大会に出場するパラリンピアンたちがそれを許してくれるかどうかはわからない。

The Tokyo Olympic Committee issued a statement acknowledging a failure to screen Oyamada properly, adding that, “We would like him to continue to do his utmost in preparation until the very end,” expressing no desire to have him resign or fire him. They also added in his defense, “Oyamada clearly regrets his past words, has reflected on them, and is currently maintaining a high moral standard while dedicating himself to creative activities.” One might note that the Committee recognizes that Oyamada regrets speaking about his inhumane activities but is vague about whether they believe he really regrets what he did. Words are cheap. The Olympics are inevitably, “Moving Forward.”
東京オリンピック委員会は、小山田選手の審査が適切に行われなかったことを認めた上で、「最後まで全力で準備を続けていただきたい」との声明を発表し、辞任や解雇を希望しないことを表明しました。また、「小山田氏は過去の発言を明確に反省し、現在は高い倫理観を持ちながら創作活動に専念している」と弁明しています。 この委員会は、小山田が非人道的な活動について語ったことを後悔していると認識しているが、本当に後悔していると信じているかどうかについては曖昧にしていることに注目したい。言葉は安い。オリンピックは必然的に "Moving Forward "である。

The reaction of the Japanese public has been overwhelmingly negative, calling the decision to employ him for the Olympic music “a fatal mistake in the selection process.” One twitter user, posting an article about Oyamada’s past bullying, noted wryly, “Well, after all, it’s like the Olympics itself is making the public eat shit.” A few days ago International Olympic Committee President Thomas Bach appeared to be the most hated man in Japan, but in the low-bar race for a gold medal in unpleasantness, Oyamada may now be the leading contender.
世間の反応は圧倒的に否定的で、五輪音楽に採用したことを「選考過程での致命的なミス」としている。あるツイッターユーザーは、小山田氏の過去のいじめに関する記事を投稿し、「結局、オリンピック自体が国民に糞を食わせているようなものだ」と皮肉った。数日前までは、国際オリンピック委員会のバッハ会長が日本で最も嫌われているように見えたが、不快感の金メダルを目指す低空飛行のレースでは、小山田氏が最有力候補になっているのかもしれない。

Mark Bookman, a historian of disability in Japanese and transnational contexts, and Postdoctoral Fellow at Tokyo College, part of the esteemed Tokyo University, emailed us, his understanding of the problem, taking time to explain the significance of the games. “The Olympic and Paralympic Games provide activists, policy makers, and members of the public opportunities to reflect on the past, present, and future of disability rights on local and global scales. They have helped catalyze change and lead to improvements in accessibility and social welfare for diverse demographics of disabled people in multiple countries, including, but not limited to, Japan.”
日本および国際的な文脈における障害の歴史家であり、尊敬すべき東京大学の一部である東京カレッジの博士研究員であるマーク・ブックマン氏は、この問題についての理解を示した上で、大会の意義を説明するために時間を割いてメールをくれました。「オリンピック・パラリンピック競技大会は、活動家、政策立案者、一般市民に、障害者の権利の過去、現在、そして未来について、地域的、地球的規模で考える機会を提供しています。オリンピック・パラリンピックは、日本を含む複数の国で、様々な層の障害者のアクセシビリティや社会福祉の向上につながる変化のきっかけとなってきました。

But he also points out there is a downside to the games.
しかし、ゲームにはマイナス面もあると指摘しています。

“However, the games do not always lead to positive results. On many occasions, their spectacle has shifted public attention away from the needs of ‘ordinary’ disabled people in favor of elite athletes. Indeed, the games have helped to perpetuate harmful stereotypes and foster unfavorable outcomes for many individuals, in part due to awareness issues and lack of resources for carrying out reforms.”
「しかし、ゲームが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。多くの場合、ゲームはエリートアスリートに注目を集め、「普通の」障害者のニーズから世間の関心を遠ざけてきました。実際、ゲームは有害な固定観念を永続させ、多くの人々に好ましくない結果をもたらしてきました。」

Bookman warns that ‘going forward’ with Oyamada may actually roll back advances for the disabled in Japan, and more.
ブックマンは、小山田氏を「前進」させることが、かえって日本の障害者の進歩を後退させる可能性があると警告しています。

“While stakeholders involved in the games, myself included, have worked to mitigate such negative consequences and use the games as a platform to promote inclusivity, one cannot help but question the Tokyo Olympic Committee’s decision to ‘move forward’ with Oyamada Keigo as a key figure. By elevating (him), who has confessed to committing harmful acts against disabled individuals, the committee is (perhaps unwittingly) creating a space for people who sympathize with his actions. As rates of abuse against disabled persons continue to climb in Japan due to stresses on the nation’s care economy (tied to its rapidly aging population, declining birth rate, and shrinking labor force), one cannot help but wonder what kind of future might come from the Tokyo Committee’s decision. Indeed, as conversations about ‘selecting lives,’ eugenics, and equitable distribution of resources continue to unfold around us in relation to COVID–19, their decision may have dire consequences.”
「私を含めた大会関係者は、このような悪影響を軽減し、包括性を促進するためのプラットフォームとして大会を利用することに努めてきましたが、小山田圭吾氏をキーパーソンとして「前進」させようとする東京オリンピック委員会の決定には疑問を感じざるを得ません。障害者への加害行為を告白している(彼を)持ち上げることで、委員会は(おそらく無意識のうちに)彼の行為に共感する人々のための場を作っているのです。高齢化、少子化、労働人口の減少といった介護経済の逼迫を背景に、障害者への虐待が増加の一途をたどる日本において、今回の東京委員会の決定がどのような未来をもたらすのか、考えさせられる。実際、COVIDに関連して、「命の選択」「優生学」「資源の公平な配分」などの議論が私たちの周りで展開されている中で、今回の決定は悲惨な結果をもたらすかもしれません。」

Michey Peckitt, who runs the blog, Barrier Free Japan, had this to say. “I’m only disappointed. Obviously I did not grow up or go to school in Japan, but Oyamada’s behaviour does not surprise me at all. At school in Britain I was treated in a similar fashion. Being made to eat sh*t is pretty standard bullying behaviour in my experience, although being made to masturbate in public is a new one. I’m glad I didn’t have to do that as it’s difficult to masturbate when your hands don’t work because you have cerebral palsy. As a disabled person living in Japan I’m sad Oyamada’s music is being used in the Olympics, but ultimately nothing surprises me about the Tokyo Games now.”
ブログ「バリアフリージャパン」を運営するMichey Peckitt氏は、次のように述べています。「がっかりしています。もちろん、私は日本で育ったわけでも、日本の学校に通っていたわけでもありませんが、小山田さんの行動には全く驚きません。イギリスの学校でも同じようなことをされました。糞を食べさせられるというのは、私の経験ではかなり標準的ないじめ行為ですが、公衆の面前で自慰行為をさせられるというのは新しいことです。脳性麻痺で手が動かないときにオナニーをするのは難しいので、そんなことにならなくてよかったです。日本に住む障害者として、小山田さんの音楽がオリンピックで使われるのは残念ですが、最終的には、今の東京大会には何の驚きもありません」



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